「供養」と「供養の形」に思う事1

人はたくさんの人達とかかり合って生きています

それは 縁を持って誼を通じた家族・友人・知人であります

そういう方々と いつまでも一緒にいられるかと思えば

に図はからんや いたしかたありません

いつかは変化します

 

心の中で いつまでも一緒にいたいと念じて

いつも それは かなわぬ望みです

 

人の限りである道の中で

自分が愛する人との 永遠とわの別れともなれば

心の中に大きな穴があき 喪失感に打ちのめされます

 

かと言って いつまでも うじうじしている理由にはいきません

それでも人は 生きて活かされて ここにいるならば

前を向いて歩まねばなりません

 

そんな時 ふと足を止めて

愛するその人の面影・よすがを忍ぶことがあります

自分の心の中で愛する

その人の姿・声などを思い出し

愛するその人の ことば・立ち振る舞いを懐かしみます

 

愛するその人の 意見や想いを反すうしたり

反省したり 感謝したりして

これからを生きる励みとしたり

指針としたりしています

 

姿は見えなくても 心の中に ずっと

愛するその人は 生き続けています

 

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